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誰かが恋をしているところ

今日は啓蟄だというのに、昨日はみぞれが降っていました。出てきた虫も引っ込んでしまいそうな寒さです。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
現在も原稿中につき、新しいお知らせも、SSを書く余裕もなく……なので、たまには小説を書くときの話をしてみようと思います。

ときどき「どうやってお話を考えるんですか?」ときかれることがあります。
こればっかりは本当に作家さんそれぞれだと思うのですが、私の場合は、まず「こういう2人の話が書きたい」をぼんやり思い浮かべた後、「こういう2人だったらそもそも恋になるのか」とか、「なるとしたら、どんなふうに恋をするのか」とか考えます。
ほぼ同時に考えているのが、2人の住んでいるところ、もしくは、恋の舞台になる場所です。
主人公2人が(どこで生まれて、どこで育って)どこに住んでいるか、どんなところで恋をするのかは、私にとっては、その他の妄想の下地になる重要な要素です。「こういう町の生まれ育ちだから、この人はこんな性格なんだな」とか、「この2人の恋愛事情には、あの風景が似合うからあそこに住んでもらおう」とか、とにかく、住んでいる町の風景やにおい、地面があるのとないのとでは、登場人物の「生きている」感じや妄想の膨らみ方が全然違います。

たとえば、『京恋路上ル下ル』は京都が舞台ですが、その中でも主人公・伊織はとりわけ京都色が濃く残る地域に住んでいて、それが情景描写や心象風景だけでなく、彼の人となりにも影響しています。
『天国に手が届く』や『王様、お手をどうぞ』には東京近辺に住まいしている描写があります。『天国に手が届く』の2人には、山という舞台のほうがずっと重要でしたが。
『手のひらにひとつ』はさらに曖昧に、読んでくださる方がどこに住んでいても身近な情景を思い浮かべながら読めるように書いたつもりですが、それでも、2人が住んでいた町、日下部さんが引っ越していった町は、実はちゃんと決まっています。文庫未収録の『初恋ゆき』も同様です。

先のフユ号に載せていただいた『さみしがりやの知る恋は』にも具体的な舞台がありました。最終的には、「日本海側の片田舎」程度にぼかしましたが、書いている最中は、「あの電車から見えるあの風景がまた見たい」とか、「この2人、あの漁港の魚介を食べてるのか…美味しいだろうなぁ、うらやましい」とか、「冬の寒さが厳しいからなぁ。安普請の独身寮じゃ寒いだろうな。こたつ、しあわせだろうな」とかいろいろ妄想していました。

先日、担当さんが転送してくださったご感想の中に、以前に乗った電車と車窓の風景を思い出したという一言があって、とてもうれしかったので、この記事を書いてみた次第です。ありがとうございました。

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P.S. 前回の写真、どちらも上高地でした。2枚目は田代池です。
2015-03-06
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