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Live, Love, Laugh, and be Happy.            ――『恋してる、生きていく』SS

「今日、ちょっと調子悪いんだ。母さんに心配かけたくないんだけどな……」
ケージの向こうに座り込み、弱った顔でご主人が言った。
彼の名前は「アズサ」。意味は知らない。彼ら人間の言葉は、わたしにはわからない。わかるのは音だけだ。だけど、彼らの発する音を聞いていれば、なんとなく伝わってくることもある。
例えば名前。
「シルフ、ぎゅってしてもいい?」
そう言うと、ケージの扉を開け、彼はわたしを強く抱き寄せた。
シルフ。それがわたしの名前。

 *

「好きだって言われたんだ」
わたしと一緒に散歩をしながら、独り言を言うのがアズサの癖だ。彼と家族になって三年。毎日彼の独り言を聞いてきた。
彼はわたしに話しているつもりなのかもしれない。ときどき、言葉にわたしの名前が混じるから。けれども、わたしには彼が言っていることがわからない。だから、やっぱりこれは独り言なのだ。
彼が言っていることはわからないけれど、わからないなりに、うん、と応える。
「相手の人も男なんだよ。びっくりした。……びっくりしすぎて、気持ち悪いとかは思わなかったけど」
今日の独り言はずいぶんと饒舌だ。
アズサは若い。はじめて会ったときにはわたしよりずっと年上だったけれど、今はたぶん同い年かちょっと年下くらいだ。そのくらいの年齢の人間は、だいたい騒がしいものだと思っている。アズサの家にやってくる人間を見ているとそうなのだ。
なのに、彼は普段から心配になるくらい静かな人だった。けっして印象が薄いというわけではなくて、押し殺した息づかいとか、透き通るようなたたずまいとか、伏し目がちな表情とかが、かえって印象深いほどなのだけれど、とにかく同じ世代の人間たちとはまったく違う。
その彼が、今日はなぜだか感情ゆたかだ。声こそひそめているものの、だからだろうか、いつもよりずっと感情がこもっている気がする。その声にも、わずかに寄せられた眉間にも、戸惑うように薄く色づいた目許にも。
「いいお客さんなんだ。照れ屋でちょっと無口だけど、やさしいし……でも、どんな人でも無理だよね」
彼の声が悲哀をおびる。めずらしいことではない。他ではあまり耳にしないけれど、彼はわたしと二人きりのときにはよくこんな声で話していた。
「僕はきっと、一生、誰とも恋愛なんてできない」
きっぱりと、かなしげに、でも、変わらないことのように、覚悟したように。
呟く彼に、頭をすり寄せる。
――だいじょうぶ。そんなかなしい顔をしないで。
ああ、彼に、支え合うつがいがいればいいのに。

 *

「僕は彼が好きなのかな」
一緒に最後のお客の車を見送り、アズサがぽつりと呟いた。アズサの家に何度か来ている、若くて体格のいい、さわやかな人間のオスが出て行ったあとだった。たぶん、名前は「ホダカ」だと思う。アズサが呼ぶのを聞いたから。
わたしはホダカが好きだった。口数という点では、たぶんアズサ以上に寡黙な人だ。でも、もともと言葉が通じないわたしには関係ない。
彼はアズサにとびきりやさしい。わたしのことをこわがらないし、いやがらないし、好きでもないのに好きなふりを装ったりもしない。無闇に触ろうとはしないけれど、無視されているとも感じさせない。わたしの存在と意思を尊重し、ときどきアズサが言うように、「いい子だね」と言ってくれる。たぶん、褒めてくれているのだろう。
ホダカからは自然の匂いがする。ケージで生まれ、ケージで育ち、アズサたちと生活しているわたしの本能にも訴えかける、自由で汚れない野生の匂い。それがとても力強くおおらかなものだから、彼のそばにいるとついついうっとりしてしまう。そして、同時に気付くのだ。ホダカのような力強いいのちの匂いを、わたしはアズサに感じたことがない。
「……無理なのにね。どうして好きになってしまったんだろう」
アズサの声はかなしそうだ。ホダカが行ってしまってさみしいのだろうか。
――でも、彼はまた来てくれるわ。アズサのことが好きだもの。
せめてものなぐさめに、彼の手の甲を舐めてみる。
だけど、本当は知っている。
わたしのなぐさめは、本当の意味で、アズサの孤独を癒やすものではないことを。

 *

さわがしい一日だった。
何度かかかってきた電話と、緊張で震えるアズサの声。蒼白な彼の顔を見ながら、ホダカに何かがあったのだと気付いた。家族の会話の中に、彼の名前が何度も何度も出てきたからだ。
その日のアズサはひどい有様だった。本人は仕事をしているつもりだったようだけれど、うわの空なのはわたしにもわかるほど。今にも倒れそうな顔色には見ていてハラハラしてしまった。
「ぼくは馬鹿だ……」
夜、暖炉の前で膝を抱える彼に、わたしは寄り添った。
「穂高くん、ごめん」
わたしを抱きしめ、アズサは何度も彼を呼ぶ。その声は、はぐれて遠くに行きそうな仲間を呼び止めるときの声に似ていた。緊張した、必死な声。その声に涙が混じる。
「何やってんだよ……早く帰ってこいよ……!」
こんなに感情を顕わにするアズサを見るのははじめてだった。
整った顔にいつもあいまいな微笑を浮かべ、感情を押し殺し、ひっそりと物静かなアズサ。家族だけれど、心のすべてを明かしてくれているわけではないと感じていた。わたしだけではない。わたしは人間でないぶん――言葉が通じない気安さゆえに、まだ彼の近くを許されていたほうかもしれない。彼の心の奥底には、動くもののない、ひんやりと静かな場所があって、彼はいつもそこからわたしたちを見つめている。
やっと彼の本当の姿を見た気がした。本当はこんなにも感情ゆたかな子なのだ。だけど、ああ――こんな悲痛な顔を見たかったわけじゃない。
「好きだよ……」
涙声で言う彼の頬を舐める。
――ホダカ、どうか早く帰ってきて。
この子にはあなたが必要なのだ。
そう痛感した瞬間、電話機のスピーカーがかすかな音を立てる。続いてベルが鳴り出した。

 *

ホダカが無事に帰ってきた翌朝、わたしはアズサを待ちわびていた。夜が明けて、いつも呼びに来てくれる時間になっても、彼がちっとも姿を見せかったからだ。
まさか彼に何かあったんだろうか? 体が丈夫でないらしいのは知っている。昨夜はずいぶん取り乱していたから……心配して見上げていたアズサの部屋の窓が開いた。けれどもそこに立っていたのはホダカだった。驚いた。
――あなた、そこで何をしてるの?
こちらを見下ろすホダカの横に、アズサが並ぶ。よかった。今朝はずいぶん顔色がいい。おはようのあいさつに尻尾を振る。
「ごめん、すぐご飯と散歩にするよ」
はにかんだ顔で、彼は手を振り返してくれた。
「よかったら、食事と食後の散歩も一緒にどう?」
「よろこんで」
二人はなにごとか言葉を交わし、ホダカは親密なしぐさでアズサの頬に唇を寄せる。今度こそ、本当に驚いた!
――ちょっとあなた、何をしてるの!
あれは人間の親愛の行動だ。普通はオスとメスでする――つまり、つがいの。
呆然とするわたしをよそに、二人は肩を寄せ合い、ほほ笑み合っている。
「やきもちですかね」
「よかったねって言ってるんだよ」
ただよってくる、アズサの匂いにはっとした。彼のものには違いない。けれど、複雑にからみあい、融け合い、なじんだもうひとつの匂い。これはホダカのものだ。
――ああ、そうなの……。
理解した。アズサは彼を、ホダカをつがいに選んだのだ。
オス同士だけれど、驚くことではないのかもしれなかった。彼らは人間だ。わたしには理解しきれないけれど、本能ではない、どこか別のところで恋をして、つがいを決めることがあってもおかしくはないだろう。
――あなたはつがいを見つけたのね。
うれしいような、くやしいような――……でもよろこぶべきことのはずだ。
アズサ。アズサ。わたしの大切な、愛しい家族。きっと、あなたのさみしさも、かなしみも、彼が癒してくれるのだろう。
あなたが心のままに生きて、笑って、愛し合って、しあわせになってくれるなら、わたしはちょっとさみしいのなんかかまわない。

――でも、散歩のリードはあなたに持ってほしいわね。

揃って朝の散歩に来た二人に、早速ひとつ注文をした。
2015-07-11
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