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クリスマスには素敵なダンスを ――『王様お手をどうぞ』SS

生まれてこのかた二十年、江神暁範は宗教というものを身近に感じたことがなかった。元大名家の江神家には、東京と国元であった地方、二つの菩提寺があり、それぞれにつきあいも深い。が、江神自身はとくに寺や仏教に思い入れがあるわけでもなかった。いずれ死んだらあの寺の世話になるのだろうという程度だ。そのあたりの感覚は、寺とつきあいのある一般家庭と変わらないだろうと自分では思っている。
そんなわけで、恋人の言葉は青天の霹靂とでも言うべき衝撃だった。
「ごめん、クリスマスは二十四日も二十五日も教会に行くんだ」
江神の大切な恋人は、フランス人ハーフのキリスト教徒だった。


「ホントごめん。そういえば、日本のクリスマスってそういうイベントだったね」
杏里が困ったように頭を掻いている。江神は極力感情を面に出さぬよう、ポーカーフェイスを装った。逆に言えば、意識しなければポーカーフェイスでいられないくらい動揺していたということだ。
まず頭に浮かんだのは、「キリスト教では同性愛は禁忌ではないのか」という疑問だった。ついたずねそうになったが、すんでのところで踏みとどまる。教義上はどうあれ、杏里が自らの意思で江神の恋人になったのは事実だ。彼の中ではきちんと折り合いが付いているのだろう。ならば、よく知りもしない江神が口を出すことではない。
次に浮かんだのは落胆だった。どうやら自分で思っていた以上に、人生初の、「恋人と過ごすクリスマス」を心待ちにしていたらしい。だが、幼稚な期待と勝手な失望で、杏里を煩わせるのは本望ではなかった。信仰をもつ人々にとって、それが個人のアイデンティティに深く根ざしたものであることは、知識の上では理解している。大人としてどうふるまうべきかなど、考えなくてもわかることだった。
「それなら、二十三日は?」
「ごめん、うちの教室のダンスパーティーがある」
「……その前の日曜は」
「その日は教会で子どもたちのクリスマスページェントの手伝いが……」
思わず黙り込むと、杏里は「ごめん」と申し訳なさそうに目を伏せた。
「かまわない。クリスマスでなくても、いつでも会える」
これだけ予定をきいておきながら、我ながらしらじらしいことこの上ない。きっと杏里にも、強がりにしか聞こえないだろう。だが、それ以外にどう言えばよかったというのだ。
案の定、杏里は江神の目をじっと覗き込んできた。宝石のようにきらめく双眸は魅力的だが、実はやっかいなことも知っている。杏里は人の感情の機微を読み取ることに長けている。絵本の王子様のような外見やほがらかな笑顔、闊達な物言い、やわらかな物腰などから、一見駆け引きをしない性格のように見えるが、その実、場の空気やその場の人間関係などを驚くほどよく観察し、ふるまい方を適確に判断している。
江神のほうはというと、杏里とつきあうようになってから、感情的になることが増えた。面に出すかどうかは別として、こと杏里に関わるとなると、大きく感情が揺さぶられる。もはや地顔になってしまっているポーカーフェイスも、杏里相手にはてんで役に立っていない気がした。どうにも素直になれない性分はよくよく自覚しているので、このくらいでちょうどいいのかもしれないとも思うが、杏里にはそんな卑小な考えさえ、見抜かれているのではないかと感じることがあった。たとえ気付いていたとしても、聡い恋人はそんなことはおくびにも出さないだろうが。
江神の目からどんな感情を読み取ったのか、杏里はもう一度「ごめん」と口にした。
「代わりにっていうわけじゃないけど、もし時間があるようなら、二十三日の昼から教室のダンスパーティーに来ない? って言っても、おれはホストだからずっと一緒にはいられないし、パーティーもごく庶民のお楽しみ会みたいなもんなんだけどさ」
「……しかし、俺は部外者だろう」
「大丈夫。きみ、一応、大学の社交ダンス部では、おれたちの教え子だから」
パチリとウィンクをひとつ。杏里は企みを思いついた子どもみたいな顔で笑った。
「パーティーは午後五時でお開きなんだ。そのあと、二十四日の朝まで日本式のクリスマスを教えてくれよ」


パーティー当日、江神は私用で一時間ほど遅れて行った。杏里たちの教室を訪れるのはこれが初めてだ。広々とした板張りのスタジオには、大きなクリスマスツリーが一本。天井や壁も華やかに飾り付けられている。スタジオの一方の端、四分の一ほどにはテーブルが置かれ、ケータリングや生徒の持ち寄りとおぼしき食事が立食形式でふるまわれていた。参加者は老若男女合わせて四十人くらいだろう。生徒たちは思い思いの服装で踊り、食べものや飲みものを手に談笑している。洋画などで見かける、「ホームパーティー」の光景だった。
さて、受付は……と視線を巡らせたところで、
「江神!」
ダンスフロアになっているほうから、杏里が人のあいだを抜けてきた。だが、少々ようすがおかしい。普通なら「いらっしゃい」、「お招きありがとう」といったやりとりがあるはずだが、杏里は目の前まで来るなり、「なんだよ、あのシャンパンの山!」と叫んだ。頬も眸も上気しているが、今まで踊っていたせいだけではなさそうだ。先に届けさせたことを怒っているのか、それとも、シャンパンだけでは足りなかったか。一応、子ども用には葡萄ジュースも届けさせたはずなのだが。
とりあえず、先に思いついた理由について釈明した。
「持ち寄りパーティーとのことだったが、遅刻するので届けさせた、何か不手際があっただろうか」
「いや、ないけど。そういうことじゃなくてね」
「ワインやビールのほうがよかったか?」
「そうじゃなくて……」
何事か続けようとし、杏里は思い直したように言葉を切り、苦笑した。
「ごめん、おれが言い忘れてた。持ち寄りって言っても手作りOK、買う場合は五百円までなんだ。きみのはそれどころじゃないだろ? 後で払うよ」
(なるほど)
どうやら自分は意図せず、ホストの面子を潰してしまったらしい。ゆゆしき事態だ。とっさに貼り付けたポーカーフェイスの下で、江神はひそかに動揺した。
社交における相手の立て方は身に着けており、「江神」の家に関わることではまず失敗しないが、自分のやり方が「世間一般」の枠からやや外れている自覚はある。杏里たちのやり方に合わせられなかったのだと気付いた。
「それは気がつかずに申し訳ない。だが、支払いは無用だ。詫び代わりに受け取ってくれ」
「意味がわか……いや、それじゃ、きみからだけもらい過ぎだって」
「なら、おまえへのクリスマスプレゼントということでどうだ?」
無論、正式なプレゼントはきちんと用意してあるが、ひとつくらい増えても問題ないだろう。
杏里は一瞬ぽかんと惚けたような顔になったが、すぐにプッと噴き出した。
「わかった。ありがたくいただくことにする。びっくりしたけど、届いたときは皆すごく盛り上がったんだ。ありがとう」
そう言ってから、江神の背に腕を回し、「いらっしゃい」とハグをする。頬を寄せ合う、親愛と歓迎のハグ。日本人には馴染みのないそれがあまりにも自然で、彼が育ってきた文化が垣間見える。
それから杏里はフロアを振り返り、音楽の合間に声を張った。
「皆さん、ご紹介します。修学院大学社交ダンス部の江神暁範さん。そこのシャンパンと葡萄ジュースのスポンサーです。拍手!」
わっとスタジオ中から拍手が湧いた。


杏里はこの教室の王子様らしい。
そう悟るまで、長い時間はかからなかった。
「放ったらかしてごめん。楽しんでもらえてる?」
知人の少ない江神に気を遣い、声をかけにきてはくれるが、そうしている間にもひっきりなしに女生から声がかかる。三歳女児から教室最年長とおぼしきご婦人まで、まんべんなく。
「先生、わたしと踊ってください」
今も小学生の女の子が、顔を真っ赤にして頼みにきた。
「もちろんだよ」
目線で「また後で」と江神に告げ、彼女の手を取ってフロアへ出て行く背中を見守る。ホストとしての杏里の役割は理解しているので、江神も視線だけで頷いた。
今まで競技会でのようすはたびたび見てきたが、このスタジオでダンス教師をしている姿を見るのは初めてだ。会場の女性たちに失礼のない程度に、自分もダンスの相手を務めながら、江神は杏里を目で追った。
「一曲踊ってくださる?」
声をかけられ、振り返ると、璃々が立っていた。杏里に気を取られすぎて、つい壁の染みになっていたらしい。
彼女の手を取り、フロアに出ると、向こうで年配のご婦人の手を取った杏里が目を瞬かせてこちらを見た。だが、その視線も、相手の女性に話しかけられ、すぐに逸れていってしまう。
「そんなに怖い顔をしないで。さっきから、江神さんと踊りたい女性が誘えなくてそわそわしてるんです」
音楽に合わせてステップを踏みながら璃々が囁いた。そんなに睨んでいただろうか。今日は失敗ばかりだ。「失礼」と返す。璃々は少し苦笑したようだった。
「教室のパーティーでは、杏里は女性全員と踊るって決まりごとみたいなものなんです。今日はとくに女性の生徒さんへのクリスマスプレゼントみたいなものだから……。わたしは、きっと退屈させてしまうから、デートだけにしたらって言ったんですよ。でも、きっとあなたのことを自慢したかったんだと思います」
そう言って、璃々はひそかに耳打ちした。
「ねえ。杏里を驚かせたくはないですか?」
「驚かせる?」
「そう」
くすくすと悪戯っぽく笑って、璃々がそっと計画を打ち明ける。その内容に驚いたが、最終的には頷いた。他人と踊る杏里ばかり見せつけられて、いい加減、ここにいる人々に杏里は誰のものか知らしめたい欲求に勝てなかったのだ。
「じゃあ、そういうことで」
曲が終わり、璃々は共犯者の笑みで去っていく。
一時間もたたないうちに、その時はやってきた。
「皆さん、次の曲で最後になります。ラストダンスの相手をお選びください」
マリーの声で、フロアがざわめく。江神は迷わず、杏里の前に立った。
「お相手いただけませんか」
そう言って、手を差し出す。杏里は目を丸くして、「ちょっと……」と顔をしかめた。パーティーでの、男性同士のダンスはマナー違反だ。会場の女性に魅力がないという意味にとられかねない。けれども、今日は教室主宰の気軽なパーティー。会場の大人たちはシャンパンとダンスでほろ酔いになり、子どもたちは飽き気味だ。杏里は女性たちと一通り踊り終え、ラストダンスは璃々と踊るのが慣例だと聞いた。その璃々が、飲食スペースでグラスを手にほほ笑む。
「シャンパンが美味しすぎて酔っ払っちゃったの。踊れそうにないんだけど、誰かとだけ二回踊るのも不公平でしょ。江神さんと踊ったら?」
「璃々ちゃん」
二人の企みに気付いたのだろう。杏里は、困ったような、照れたような、少しだけ責めるような目で二人を交互に見たが、最期には苦笑して江神の手を取った。周囲の大人たちがくすくすと笑う。場の雰囲気をこわさずにすんだようでホッとした。
ゆったりとしたワルツが始まる。杏里の手を取り、ステップを踏み出す。女性のステップを踏みながら、杏里が囁いた。
「ごめん。結局、ほとんど相手できなくて……」
「いや、またおまえの新しい一面を知ることができた」
周りで教え子たちが踊っている状況を気にしたのか、杏里が少し咎めるような視線を寄越した。けれどもそれもすぐに苦笑に溶ける。
「初めてのクリスマスなのに、ごめん」
「いや、おれも年末年始は自由にならないからな」
杏里たちが家庭と教会でクリスマスを過ごすように、江神も年始には家での行事に出席しなくてはならない。世間一般のカップルとは少し違うかもしれないが、男同士でつきあっていて、そんなことは今更だ。こんなふうに、互いの家庭の文化を知ることもまた、杏里が言うところの「ステディな『おつきあい』の醍醐味」だろう。もちろん、恋人として満たされていることが大前提だが。
クリスマス前の夕暮れどき、外は冷たいしぐれ雨だ。一面の大きなガラス窓に、灯りだした街のあかりが滲んでいる。
「ダンスのあとは、おれの自由にしていいんだろう?」
耳元で囁くと、ストロベリーブロンドから覗く耳朶が赤く染まった。
2015-12-26
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