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楽園を手作りしよう ――『楽園暮らしはどうですか?』SS

朝霞がベッドにノートパソコンを持ち込むことについて、市川はあまりいい顔をしない。
つきあいだして間もない頃、朝霞は何度かベッドにパソコンを持ち込んだ。市川は、「ベッドでまで仕事なんて!」と言うが、なにも仕事をするためじゃない。
そもそも朝霞はオタク気質である。ご多分にもれず、スマートフォンやパソコンで何かを読んだり調べたり、SNSで仲間と語らったりするのが好きだ。SNSやネットニュース程度ならスマホですませてしまうのだが、動画や調べものになると小さなスマホの画面ではもの足りない。ついついパソコンをベッドに引きずり込んでしまう。
だが、市川とつきあいだしてからは、彼とベッドで過ごす時間も、かけがえなく心地いいと思うようになった。夏場だって、エアコンで冷やした部屋の中、ベッドでなんとなくくっついて、SNSを眺めたり、動画を見たり、そのうち興味を惹かれたことを調べたり……そのあいだに、彼と触れ合った素足をすり合わせてみたり、ふと悪戯心を起こして寝ている市川の脇腹をくすぐってみたり、起きているときにはできない自分からのキスをしたり、そのうち目を覚ました市川にキスされたり……。そういう、恋人とベッドでじゃれあって過ごす心地よさを知ってしまったら、なかなかベッドから出る気になれない。ので、つい、スマホやらパソコンやらをベッドに持ち込みたくなってしまう。本音を言えば、飲み食いもベッドですめばいいのにとさえ思っている。
でも市川は、ベッドの上で朝霞の意識が彼以外にそれるのが気に入らないらしかった。「ベッドは二人でいちゃいちゃするところだろ」というのが彼の言い分だ。「いちゃいちゃ」って。いい年した大人が口にする言葉じゃない。あきれつつも、彼の甘く整った顔に子供っぽい甘えた言い方は思いがけず似合っていて、ついつい赤面してしまった朝霞である。イケメンずるい。
そんなわけで、ここのところ、ベッドにパソコンを持ち込むのはやめていたのだが、今朝はどうしても我慢できなかった。起きるなり机に置いていたノートパソコンを取りに行き、まだシーツに体温が残るうちにベッドへ戻る。うつぶせになり、枕を胸の下に押し込んでパソコンを開いた。
「智行……?」
昨夜遅番だった市川が、眠そうに目をこすりながら名前を呼ぶ。
「すみません。もう少し寝ていてください」
彼を気遣って言ったつもりが、適当にあしらおうとしているように聞こえたらしい。市川は顔をしかめてあくびをしつつ、体を反転させて起き上がった。ぴったり体の側面を朝霞にくっつけて隣に並ぶ。ちゅっとこめかみにキスされた。
「昨夜はあんなにかわいかったのに……」
「パソコンいじってる俺はかわいくないですか?」
何気なくそうきくと、市川は一瞬目を丸くした。それから、ふわっと蕩けるように微笑する。
「智行がそんなこと言えるようになるなんてなぁ。おれの愛情が着実に実を結んでる感じ」
「……生意気になったとは思わないんですか?」
「俺の愛を疑ってもないってことだろ? おれの愛を信じ切って、その上にあぐらかいてるおまえは最っ高にかわいいよ。おれのほう向いてくれないのはつまらないけど」
こっち向いて、と頭を抱き寄せてキスをされる。たわいない焼きもちに、朝霞は「もう」と小さく笑った。
「で? 何調べてたんだ?」
市川がパソコン画面を覗き込んでくる。彼にも見やすいように体をずらしながら、朝霞は答えた。
「クラウドファンディングってどうやるのかと思って……」
「クラ……なんだって?」
「クラウドファンディング。要は、事業に賛同してくれる出資者を一般に募って、事業資金を集める手法です。目標額を達成したら、それを元手に事業を展開し、出資者には事業に関連する謝礼品で還元する……」
ハウツーページを見せながら説明すると、市川は「ふぅん」と首をかしげた。
「で、何をするのに、そんなに金が必要なんだ?」
よくぞきいてくれました、とばかりに、朝霞は市川を振り返った。
「白浪線の観光鉄道化です!」
今年三月で廃線になった白浪線の跡地は、一部の商業地や住宅地周辺を除いて、未だにほとんど買い手が付いていない。鉄道ファンに人気の高かった入江谷駅付近もその一部だ。白浪線と共に引退した一〇〇系車輌も会社の倉庫で眠っている。あれを買い取り、有志鉄道ファンによる保存・展示運転や運転手体験などができる観光鉄道に整備できたら、白浪線の風景も一〇〇系車輌も、一部ではあるが残すことができる。ついでに、不良債権扱いの土地も一部処分でき、かいでん的にもプラスになるはずだ。
「資金がネックなんですけど、事業自体は不可能ではないと思うんです。当然、社の協力は必要になりますが、クラウドファンディングは使っていないにしても、鉄道ファンによる保存・展示運転は、岡山の片上鉄道の例なんかもありますし、海外にもさまざまな例があるので……」
朝霞の勢いに、市川は最初あっけにとられたようだったが、やがて愉快そうに目を細めた。
「面白そうだな。でもそれ、ウチでやればいいんじゃないか?」
なにもクラウドファンディングなんてしなくても、と言う市川に、朝霞は首を横に振った。
「そんな余計な事業に回せる体力はウチの社にはありません」
「あー、やっぱり?」
「でも、逆に資金調達と事業運営の目処さえ立っていれば、話は聞いてもらえると思うんです。できれば、設備が荒れたり買い手が付いたりする前に企画書を出したいんですけど……」
以前から仕事の片手間に少しずつ調べてきて、残る問題は資金調達だけだった。突如天啓が下りてきたのは昨夜。市川を待つ片手間に眺めていたSNSの投稿から、クラウドファンディングの存在を思い出したのだ。そのすぐあとに市川がやってきて、調べものは途中になってしまったが、朝起きて思い出したらもう我慢できなかった。
「すみません。ベッドにパソコン持ち込むの、やめてたんですけど……」
少々気まずく視線を落とす。市川は筋張った脛で朝霞の脹ら脛をスリッと撫で、頬に軽くキスを寄越した。
「いいよ。智行が電車に夢中になって目をキラキラさせてるの、かわいいし。実行するなら、もちろんおれも協力する」
思わず「本当ですか!?」ととびついた。市川がふっと目を細める。
「入江谷っていったら、おれたちの思い出の場所だもんな」
「!」
思いがけないことを言われ、朝霞は目を見開いた。じわじわと頬が熱くなる。
半年前、波濤とどろく入江谷の駅で顔を合わせたのが、二人が親しくなるきっかけだった。あの雪の降る駅での出会いは、朝霞もはっきりと覚えている。
「それだけが理由じゃないですけど……。じゃあ、企画が通ったら、慎也さん、宣伝部長やってください。女性ファン、たくさん集めてくださいね」
冗談めかした朝霞の言葉に、市川は余裕綽々でにっこりと頷いた。
「智行のためならいくらでも」
もうひとつキスが落ちてくる。
職場も一緒。プライベートも一緒。でも、またひとつ、一緒にできることが見えてきて、最高にわくわくする。
再び入江谷の駅で、運転士姿の恋人を見られるかもしれないと想像し、朝霞は心から幸福にほほ笑んだ。
2017-08-28