入口 > スポンサー広告 > スポンサーサイト SS - その他作品 > 春宵 ――『ハイスペックな彼の矜持と恋』SS

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--------

春宵 ――『ハイスペックな彼の矜持と恋』SS

退社間際、エレベーターホールでのことだった。
「槙さん、再来週の異業種交流会行きません?」
後輩に声をかけられ、槙はにべもなく断った。
「行かない」
「えー、なんでっすか」
隣に立っていた三隅が、黙って片眉を跳ね上げる。
リサーチャーの槙は、日夜公私問わず全方向にアンテナを張り、情報収集にいそしんでいる。もちろん異業種交流会も例外ではない。無駄に思える雑談の中にも、時として重要な情報の手がかりはひそんでいる。そう槙が考えていると知っていての反応だ。
(有益な情報が手に入る場なら、無理を通してでも行くんですけどね)
心の中で肩をすくめ、「一緒に参加しましょうよー」と食い下がる後輩を横目に見やった。
「きみの言う『交流会』は、いわゆる合コンのことだろう。まともなビジネス交流会ならやぶさかじゃないが、再来月までめぼしいものはなかったはずだ」
槙の指摘に、後輩はぐっと言葉に詰まった。しどろもどろに弁解する。
「いやでも、たまにはそういう出会いの場もいいじゃないですか。もしかしたら、女の子たちの噂話に、役立つ情報が含まれてるかもしれないですし……」
「その可能性は否定できないが」
「でしょでしょ? ねえ、行きましょうよー。槙さんがいたら絶対女の子たち喜びますって!」
「それが本音だろう。行かないよ」
「そう言わず。いいじゃないですか、今カノジョいないでしょ?」
「どうしてそう思うんだ」
槙の切り返しに、後輩が「えっ」と目を丸くする。
立ち尽くす彼を置き去りに、やってきた無人のエレベーターに乗り込んだ。もちろん三隅も一緒にだ。後輩も慌てて追いかけてくる。
「槙さん、つきあってる人いるんですか?」
好奇心丸出しの質問に、リサーチャーには向いていないなと思いながら、槙は口許で微笑んだ。
「いるよ」
どんなに些細なことでも、情報には価値がある。もちろん、槙自身に関することでも。
だから、普段はそれを無闇に垂れ流すことはしない。だが、恋人と過ごす週末に、この情報開示はちょっとした刺激になってくれるだろう。
槙の思惑をよそに、後輩は「まじっすか!?」とすっとんきょうな声をあげた。
「えー、知らなかった! 槙さん、むっちゃ忙しいのによくつきあってくれますね!? どんな人ですか? 美人ですか? 槙さんのカノジョだもんなー。めっちゃきれいな人なんでしょ!?」
「『美人』とか『かわいい』とかいうよりは、頭がよくて格好いい」
「ああ、槙さん、そういう人似合いそうですもんね。できる大人の女かー、憧れます」
どこまで妄想を膨らませるのだと内心苦笑しながらも、槙は否定しなかった。
「独占欲が強くて嫉妬深いけどな」
「げ」と、後輩があからさまに嫌な顔をする。
興味がない素振りでスマートフォンを見ていた三隅が、ちらりとこちらを見た気がした。
槙は涼しい顔で受け流した。


外に出ると、東京の桜は既に散り初めだった。
槙たちの勤めているコンサルティング・ファームでは、社員総出の花見などは催さない。やりたいやつは個人でやれ。そういうドライな社風が、槙の肌には合っている。槙自身、人でごったがえす公園の地べたに座り込んで騒ぐより、雰囲気のいい店で、きれいに生けられた桜を眺めながら飲むほうが好みだ。
「……けど、これはちょっと想定外でしたね」
開け放たれた障子の向こうを眺めながら、槙は素直に内心を吐露した。
「こういった趣向は嫌いか?」
江戸切り子の猪口を口に運んで、向かいの男がたずねる。元より迫力のある美丈夫だが、今夜は怜悧な美貌が夜桜に映え、さえざえとした凄みを感じさせた。
かなわないなと思う。男としてはくやしい。だが、それ以上に心の襞を快く掴まれる感じが嫌いではない。無論、相手が三隅だからこそだ。
「好きですよ。でも、いきなり連れてこられると驚きます」
三隅が槙を伴って向かったのは、知る人ぞ知るといった顔の小料理屋だった。だが、店の奥に通されると、そこには坪庭を囲む小さな座敷が並んでいた。
坪庭では、遅咲きのしだれ桜が、今を盛りと満開だ。美しく整えられた庭は、部屋からよく見通せるものの、うまく視線を逃す工夫がされていて、隣や向かいの部屋に人の気配はあれど、顔は合わせないで済む。宿としても使えるようで、いかにも「お忍びで使う隠れ家」の風情だった。
以前、三隅に連れて行かれた築地の高級料亭では、その圧倒的なグレードにおののいたものだが、これはこれで、どうやって知るのだろうと不思議になる。
「情報収集は本来、俺の仕事なんですが」
槙のぼやきに、三隅は口角を引き上げた。
「きみにこういう店を教えておくと、いずれ倍にして返してくれるだろう」
「ご期待に添いたいところですが、この倍はなかなか難しいですよ」
「そんなことはないさ」
と男は笑った。
「独占欲が強くて嫉妬深い恋人に、少しやさしくしてくれればいい」
帰り際のささやかな情報戦は、思いのほか効いていたらしい。
「それはもちろん」と笑みを返し、槙は切り子の猪口を置いた。
2018-04-02
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。